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カテゴリー: サガエメプレイ日記


前の巫女から次の巫女に想いを伝えるためだけの石板…レラを見てると、この世界のシステムを滞りなく循環させるための仕掛けに見える


なんかこう、ゾワッときたねここ
レラは大丈夫って言ってはいるけれど…


キキリはただの傍観者じゃなかったはずなんだけど、ここの彼らはただ花粉うめぇしてるだけだな 巫女と花に感慨を持ってはいない
シンプルな台詞だし感情が伝わりやすいグラフィックじゃないけど、レラの感情の変化は伝わるよ 見ててやるせなくなる
花と化した後の自分がモノ扱いされるであろう様を、じわじわと実感している過程じゃないだろうかこれ しんどいね


心のないディーヴァは事実を並べているのにすぎないのだけど、試練の過程で相互理解が進んだレラにはたぶんそうは聞こえてない
ディーヴァの言葉は救いになったと思う


それはたぶん、その目の前の種がただのエプイケっていう植物の種ってだけでなくて、レラのあれこれが思い起こされるからだよね

私たちが夕焼けを見て寂しくなったりするのと同じで、それに触れたときの感情を覚えていてそれが再生される
心があるってこういうことじゃない?って私はこのシーンで思ってしまった 変なのって感じたディーヴァは、心があるってことに少し近づいたんじゃないかなと

ディーヴァは歌を取り戻したときに心を得るのかと思ってたんだけど、逆なのかもしれないな 心を得たときに、歌が戻ってくるのかもしれない


あー…逃げる人の気持ちもわかるな…
私だったらどうするだろう 姿が変わると知っていてなお、そのままいられるのか、彼女が望んだ姿をちゃんと見届けてやろうと思えるのか


この前のどこかのタイミングでも一瞬あった気がするんだけど、ディーヴァの語尾が「なのね」ってなった時こそが心がある瞬間なんだと思うのですよね


隊長さあ???(涙目でちょっとキレ気味に)この軽薄さがいい方に働くこともあるんだろうけど
これやっぱりディーヴァが心を取り戻すかどうかは、彼にとってはどうでも良さそうね


カマラを終えて連接世界に戻ったらこうなってた
これレラが見送ってくれてるのかなって思ってしまうのは、心がある人間の自分だからかね
今のディーヴァも何か思うところがあるかしら

そういえばブラー、今になってよくよく見ると顔におしるし出てる? おしるし出たのにあの世界を飛び出してないかもしかして???「まだ花じゃない」ってそういうこと?

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キキリは傍観者ってことでもないらしい


試練を通じてソヤイと巫女は共感を強める意味があるのかな?


God bless youみたいな感じかな ここのディーヴァすき

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良い話だったとウワサのカマラに来てみたよ
巫女は生贄的な…そういう…


ああ これは
ミノタウロスの皿のあれと似ている
私らからしたら世界のために個を犠牲にすること、娘を生贄にすることを誇らしげに語る母に違和感を覚えるけど、これがここの人たちの普通なんだよという(カマラの人からしたら、こう思ってしまう私たちが人でなしの異常者に見えるだろう)


巫女の園を救いにしてるあたり、この巫女はミノタウロスの皿のミノアほどは達観してないようにみえる

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クロウレルムはなんというか…2回目だからなのか(前に来たアメイヤ編とそう変わらない展開だったからか)ピンと来るものもなく終わってしまったな
カカシがなぜこの砂の大地に?っていうのも謎のままだしね


隊長は心を見つけさせたいと思っているのか、そう理由を付けて一緒に各地を放浪したいだけなのか
いい加減な返しが疑わしい


ウェンズデイはアホかもしれないけど、相手に寄り添ういい子
能力評価をバトルアーマーと共有するってどういうことかな 兵装が何をできるかを把握すればちゃんと使えるよってことかしら

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なるほど
じゃあ王家は外の世界があるのを知ってたの?
しかし今の今までみんな任務の中身よくわからないのに付いてきたの…ディーヴァもだけど隊長は他でやることがないとか、爪弾き者なんかを集めてきたりしてるのかしら 謎だな

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